2011年3月11日金曜日
Half day bike tour
半日サイクリング
体調は良くないが、雪も溶けたし、軽いサイクリング程度は問題ない。若手が二人一緒に来てくれるという。ブログには書かなかったが、前回、半日サイクリングで、軽い峠越えを一緒に試みた時のこと、峠の標高が1000メーターだったし、天候悪化で土砂降りの冷たい雨に遭い、二人を半殺しにしてしまった。深く反省して、今回は延べ70キロくらい、最大標高はせいぜい300メータである。
自宅に10時半に集合してもらい、自転車の点検の後、スタート。コースはまず南下して、長沢に行き、その後、山田川沿いに旧道を走り、音川温泉、牧、寺尾を経由して、庄川に出て、小牧ダムまで往復し、平坦な道で自宅まで帰る。山の中は雪が残っていたが、道は乾いていて、走行に問題はなかった。アップダウンもほどよい感じだった。庄川の水記念公園は雪で埋まっていて、休業状態だった。二人とも非常に楽しそうに走っていた。帰りのコースは適当だったので、少し道を間違えて遠回りしたが、ちょうどよい時間に自宅に到着した。朝、ピザ生地をこねて、トマトソースを作っておいたので、夕方はピザパーティとした。今回はまずまず成功。
2011年2月25日金曜日
Mt. Rokko, after 30 years blank
インプラントの炎症のため右脚の筋肉が痙攣気味で、鎮痛剤が欠かせなかったが、新インプラントの処置後、やっと投与せずに済むようになった。雪の少ない所で、近い所はどこか。いろいろ考えて、久しぶりに六甲山を訪れることにした。大昔、大学院生の時に御影に住んでいて、朝の天気を見てから、ハイキングに出かけた。実は、山歩きは六甲山から始めた。
初日
奥様が極度に多忙のため、前日まで仕事。そこで昼近くに出かけたので、JR宝塚着は15時半頃。大昔の宝塚は小さな駅だったのに、大きなビルになっていた。美味しそうなケーキも一杯ある。「生ドラ」という物もある。生クリーム入りのどらやきらしい。歯を食いしばって我慢して、買わずに出発した。これは後で激しく後悔した。阪急宝塚の駅も巨大なビル。とんでもない所に迷い込んだと思った。宝菜橋も巨大コンクリートの橋。昔はちっぽけな橋だったと思う。
川沿いの住宅街に入ると、何となく神戸だなあという印象。急勾配に綺麗な住宅が並ぶ。ともかく、甲子園大学を目指した。塩尾寺(えんぺいじ)への道は舗装道路。ある程度、登ると傾斜が緩くなり、歩きやすくなる。ネットで調べた水場は塩尾寺手前500メーター。細い枯れかけの川を通り過ごし、しばらく行くと、わかりやすい水場があった。この先水はないので、7リッター作り、担いだ。おかずの残り物など生ものを持ってきたので、バックパックの重さは30キロ弱だが、一応は問題無かった。
17:00塩尾寺。塩尾寺から上は記憶にあるえぐれた登山道になった。10人ばかりのハイカーとあった。大きなバックパックを背負っているので、気になったらしい。
「これからでっか。」
「ちょっと一時間ばかり歩いて、寝ようかと思って」
「何キロくらい? 20キロ?」
[水7リッター持ったから30キロくらいかな」
「ひぇー、そんなら須磨まで行けますやろ。奥さん、迷惑そうな顔、してはりまっせ。」
大阪人はなかなか観察が鋭い。口も達者。こんな小さな山に30キロは迷惑だったかもしれない。挨拶を済ませて、岩倉山を目指す。脚は問題無く動いたが、奥様は、多忙のため、疲れていて、遅れ気味。岩倉山頂上は祈りをあげる場所らしいので、北の林に入り、17:30テントを設営した。メニューは、何時もの炒めご飯に、おから、おマメさん、スープ、宝塚で買ったお菓子パンと、山盛り。19:40就寝。
二日目
6:40にやっと起きた。実に11時間寝た。パン、クリームチーズ、プルーン、コーヒーの朝食。林の中だし、誰も来ない。8:30出発。なだらかな良いハイキングコースが続く。9:15大谷乗越で舗装路を横断。急な登りの後、再び、ハイキングコース。大平山には通信塔がいくつも立っていて進入不可。昔も林道を歩いた記憶がある。棚越から、ハイキングコースへ。所々、雪が見えるようになった。船坂峠からは雪が増えた。アイゼンを使うほどではないが、水無山近くでは、雪が増えて一部凍結していたので、マイクロスパイクを装着。なかなか良い具合だった。11:00水無山。標高800メーターなので、少し雪が残ってた。凍結路をへてついに舗装道路に出た。六甲山頂はどこだか分からない。少しばかり舗装道路を歩いて、やって位置関係が理解できてきた。山頂直下の広場は人だらけ。凍結した林道を歩いて、12:07山頂着。人が途切れた瞬間に記念撮影。頂上の下には通信塔。大昔、この山頂は立ち入り禁止の場所だったようだ。少し下の休憩所付近が昔の山頂。高齢のハイカーが大勢いる。突然、声をかけられた。
「いまからそんな格好して、夏になったら、どないすんねん。」
「夏は夏用Tシャツ!」
こちらも、元大阪人だから、0.5秒の反応時間で返した。12時は過ぎたが、少し下るとレストラン街があるはず。ハイキングコースは舗装道路と平行なので、時々、舗装道路を歩いた。12:50 六甲ロープウェイ山頂駅の裏。見覚えがあるような無いような場所。30年のブランクがあるので、記憶が定かではない。ガーデンテラスを目指す。13:00レストランあり。すぐに入る。カツカレーとサラダを注文。1000円と400円。カレーは旨かったが、カチカチ肉の煮込み。サラダはほんの一掴み。まあ、ほぼ山頂なので、値段の高いことはやむをえない。このあたりのレストランは、全部グルだから、どこに入っても似たような物だろう。奥様は仕事が積んでいるので、帰宅を決意。バスとケーブルを乗り継げば、簡単に下りられる。だからバスのない宝塚ルートから登ったのだよ。バスは14:02発。15時42分のサンダーバードに間に合うと思ったら、やっぱり間に合ったようだ。私は縦走路を探して歩く。昔々、ゴルフ場を横切ったことも記憶にある。興ざめなのは、しばらく普通の道路が続くこと。三国池付近からハイキングコースに入り。15:30自然の家。ここから徳川道に入ろうとしたが、逆方向に歩いてしまった。5分ばかり下ると、このままでは六甲に下りてしまうことに気づいて、引き返した。少しして穂高湖。雪が湖を覆っていた。道が錯綜して分からない。16:05シェール道に出てしまった。まあ、景色も良いし、ここを川沿いに下ることにした。どこでも寝られそうだ。しばらくして毎日登山の高齢者に会う。二週間前の大雪の写真を懐から出して見せてくれた。記録的な大雪だったらしい。私がちょっとその辺で寝る、趣味だからというと、びっくり仰天していた。しばらく行くと、川を渡る所があり、二つ目の徒渉点の手前に良い場所があった。16:30テント設営。本当は、上流に牧場があるので、最初の徒渉点程度でテントを張るべきだったが、まあ、浄水器もあるし、穂高湖からの水量の方が圧倒的に多かったので、問題はなかった。17:15顔を洗ってひげを剃り、水も4リッター確保した。夕食は同じメニューだが、一人減ったので、食べきれないほどあった。6時半過ぎに寝た。
三日目
5時に目が覚めた。非常に気持ちよく寝た。気温を調べると0度。装備が良いから寒さには気づかない。パン少しに、クリームチーズ、昨日のおかずの残りを食べた。7時出発。7:30桜谷分岐、8:40分水稜への分岐。このあたりはトエンティクロスと呼ばれる綺麗なハイキング・コース。何度も川を渡る。20回も渡らないが、数えたこともない。大昔に歩いたはずだが、記憶ははっきりしない。ずっと気温は0度が続く。河原近くで日陰が多いので、気温が上がらない。9:25市ケ原。小さな集落で、金網で住宅が囲まれている。イノシシよけかもしれない。このまま下るとつまらないので、方向を転じ、大龍寺へ向かう。9:55大龍寺。ここから再び南に転じ、大師道をたどる。奧駆けのような綺麗な道。10:10猩々池。完全に干上がっていた。10:40 灯籠茶屋。川沿いに小さな集落が残っていて、汚い駄猫が幸せそうに生活していた。11:20JR元町駅着。六甲山ハイキング終了
主な装備
テントはNallo 3、寝具はDownmat Pump 7, Marmot Herium.ライトウェイトのダウンジャケットも持って行ったので、寒さはまったく感じなかった。というか、寒さに気づかなかった。まあ、相変わらずショーツにTシャツだけど。TシャツはスマートウールとNorthfaceのTechunderwearの二枚重ねだった。マウンテンハードウェアのパーカーは重いが、暖かくて良かった。
ブーツはAsolo Sasslong。良かったが、時々、右足首を外側にひねった。長い間の痙攣のため、外側の筋肉がダメになっているため。JMTはもう少し、足首を保護するブーツで行くかなと考えた。マイクロスパイクは、装着しやすいし、岩と雪のミックスには良いようだ。
2010年12月31日金曜日
Okutama, 4 days hiking
初日
東京はアプローチが単純、奥多摩は雪が少ないため、恒例になってしまった。9:45、古里駅出発、水を3リッター持ったため、総重量は30Kg程度。Carson 80は二人用の荷物を収納するには小さい。急な登りを経て、11:20 スマド山からの道と合流。風当たりの弱い所で昼食。オリジン弁当のおにぎりとチキンとサラダが旨い。日本の山登りだと実感した。12:00出発。赤杭山からは登りが緩くなる。顔色の失せた女性二人。細い山道に入り込み、林道に出たという。赤杭尾根と教えると安心していた。登山道は林道に出て、それから再び、林道を横切って急な坂を登る。標識通り。ところが、登山道は踏み跡が乏しく、細すぎる。急に高度を上げるが、GPSに表示の登山道からずれていく。おかしいので、引き返した。林道をたどると、GPSのルートと一致する。1キロ弱進むと、川苔山への標識あり。林道から離れて山を急に登る。今度は、踏み跡もしっかりしていて正しい。結局、さきほどの登山道はエビ小屋山への道だったらしい。先ほどの女性二人は川苔山からエビ小屋山まで行ってしまい、そのまま尾根道を下りたらしい。我が奥様も急な登り下りに消耗。川苔山の水場を目指す。山頂付近の道は複雑。登らずに少し下りて水場を確認。3:40テント設営。水は7リッターを確保。昭文社の地図によると、避難小屋があるはずだが見当たらない。夕食はニンジン飯を炊いてウインナと乾燥野菜との炒め物。家から持って行ったひじきと大豆の煮豆、白豆のパック、スープ。アジのみりん干し。野菜の種類は代わるが、毎日、ほぼ同じメニュー。夕方からぐんぐん気温が下がり、テント前室で、20:00に-5度、1:00に-9度、3:00 -9度、6:00-10度。
二日目
6:00に起き、パン、チーズ、マンゴー(水で戻して柔らかくしておいた)、コーヒーの朝食。8:30尾根道に出ると、避難小屋の残骸を発見。潰れて20年くらいは経っている。それなのに、昭文社の地図には掲載されている。これはあんまりだ。頂上をピストンして富士山を撮影。8:45出発。9:50 踊平で小休止。防火用水あり。凍っている。-5度。風もないし、ずっとショーツで歩いた。10:40日向沢の峰、11:20桂谷の峰。尾根道を通った。日当たり良く、パン、チーズ、コーヒーで昼食。12:00 出発、12:30蕎麦粒山、14:00一杯水の小屋、ココアを入れる。14:15出発。奥様が疲れてきて、ペースが上がらない。15:50 七跳山分岐、17:00酉谷避難小屋。ヘッドランプは使わずに済んだ。水8リッター確保。避難小屋は木造、丸太作り、窓はプラスチックで断熱性良好。非常に暖かかった。炊き込みご飯を作り、ウインナと炒めた。19:30 就寝。寝苦しく、Asahiのブランをデザートとして食べた。
三日目
6:00起きる。マンゴーは水で戻しておくと食べやすい。コーヒー、パン、チーズの朝食。室温は2度。8:05出発。9:40 タワ尾根の頭付近。9:55 ヘリポート。10:30 水松(あららぎ)山。11:20 長沢山手前で、コーヒー、パン、チーズ、プルーンの昼食。12:00出発、12:55桂谷の頭、岩場が凍り付いていて、途中からアイゼンを付ける。ヤケトノ頭も同様。奥様が消耗。14:50 芋ノ木ドッケ。雪が50センチあまり、テントを張るより、前進が良いと判断。奥様の荷物も持つ。15:50 大ダワ、16:20 雲取山荘着。キャンプ料は二人で600円。水はくれるというから、プラティパス6つを持って奥様がとりに行くと、「こんなに要るのか。もう朝はやらん。」と言われた。テント泊の人には相当に無愛想。山小屋泊まりの人(一万円から一万五千円の客)には非常に愛想がよい。ちなみにメニューは毎日ハンバーグ定食と後で聞いた。17:20飯炊き開始。メニューは同じ。19:00吹雪になる。気温はどんどん低下。夕方で前室で-10度。夜中は-13度。ダウンマットレスなので、問題無かった。
四日目
6:00に起きる。強風。パン、チーズ、マンゴー、コーヒーの朝食。幸い、積雪は10センチ程度。吹雪は治まった。8:15出発。9:00 雲取山。避難小屋でココア。9:30 出発。よく知った尾根をたどることにした。11:30 七つ石小屋、年末で客が来るので営業していた。我々は中に入らず、木のベンチに腰掛けて、コーヒーとパンとチーズの昼食。12:10 出発。下りが長くて消耗したが、15:00鴨沢着。腰を痛めた高齢者と一緒になり、雲取山荘のことを知った。20名ばかりの登山者とすれ違ったが、かなりの人が避難小屋に泊まるという。バスは16:00。16:40 奥多摩駅着。年末で残念ながらもえぎの湯は休み。駅前食堂で、野菜炒め+ミックスフライ定食(どんぶり飯)で締め。奥多摩に来たことを実感した。そこそこ旨い飯屋。
装備のトラブル
最終日にダウンマットレスPump 7の中央部分の区切りが破裂。中央部が盛り上がった。パンクして空気が抜けた訳ではないが、実質的に使用不能になった。JMTを2回も耐えたので、寿命だろう。体重の重い人は注意。
昭文社の地図の情報はかなり古い。コースタイムも短めに記載されている。道の標識はよく分かる場所に設置されていて、わかりにくい場所には設置されていない。つまり、標識はあまり役に立たない。奥多摩の平成18年の遭難件数は35件、6名が死亡している(金邦夫「金副隊長の山岳救助隊日誌」角川学芸出版、2007年)。日本の山は非常に危険。GPS装備をお勧めする。
2010年12月12日日曜日
Noto Peninsula, the usual road training
前日
仕事を早めに切り上げて、バックパックを担いでJRに乗り金沢へ。列車が遅れ、出発間際の輪島行き高速バスに飛び乗る。乗客は他に三名。途中から乗り込んだので計六名くらい、完全に採算割れ。輪島着6時50分。旧輪島駅前のスーパー・サンポアは取り壊されて更地。しばらく来なかった。すっかり町が寂れていた。途中のスーパーは見つからないし、小さな店で餃子を追加して袖ヶ浜に向かう。手前の家は真っ暗。キャンプ場は無人、強風。初めてのテントなので設置に手こずる。途中、雨もひどくなる。テントは意外に風雨に強く、使い勝手がよい。食事が終わったのは8時。
初日
朝、6時半に起きる。バックパックはテント前室。パンを取ろうと手を伸ばすが見当たらない。びっくりして探す。狐につままれたみたい。エナジーバーとマンゴーとコーヒーで朝食。明るくなって外を見ると、パンが転がっていた。あちこち囓られていた。スタッフバッグも食いちぎられていた。どんな獣かわからない。8時、パッキング終了、少し引き返し、今日のおかずとパンを仕入れる。
小さな商店でおかずとパンを買う。おかずはまだ暖かかった。聞くと、このあたり、年寄りばかりになり、夜は灯りを付けないので真っ暗だそうだ。獣は、狸、狐、カラス、イノシシが出るとのこと。犬猫は当然なので何でもありの状態。人間はどんどん減って動物は増えつつある。JMTぼけかな。油断した。
ずっと舗装路歩き。鵜入では道路が拡張されていた。立ち退いた人はどこに行ったのだろう。ゾウゾウ鼻には展望台ができていた。12:00上大沢着。キャンプ場があったのに、施設が取り壊されていた。その代わり、立派な水洗トイレと自販機あり。パンと缶コーヒーで昼食とする。人がいない。みんな出払っているか、死にかけている。昔は海岸線と山の遊歩道が歩けたが、もはや崩れて歩けない。12:30出発、西二叉町からGPSを使って山道に入る。しばらくは大丈夫だったが、民家から離れると、急速に荒廃し、遂に密生した竹林に阻まれる。まだまだ距離があるので、藪こぎではたどり着けない。引き返すことにした。13:40男女滝、昔はここに小学校があったが、今は更地。延々と道路を歩き、16:20皆月青少年旅行村に到着。ロッジ皆月がキャンプ場の管理をしているのかと思ったら、別組織。キャンプ場は輪島市の所有。今は営業していない。ロッジも無人、つぶれたかもしれない。テントは一番の海寄りに設置。強風。ガイラインの変更が効いて、強風でもぶれない。立派な水洗トイレはあり、水を4リッター確保。夕食はお総菜だが、野菜が足りないので、にんじんご飯を作った。
二日目
6時前に起きる。パン(獣の食い残し)、マンゴー、チーズ、コーヒーの朝食。7:00パッキング終了、出発。強風で、海が泡だって白い。8:30吉浦、雨が少し降る。猿山の登り口の住宅も無人の印象。猿山への道路にも落ち葉が積み重なり、荒れている。昔歩いた山道は見当たらない。茂みに覆われてしまった。9:10姨捨峠。少し休憩。トイレは開いているが水が出ない。風がひどくなり、ゴーゴーと音をたてている。やっと地道に入り9:25猿山灯台、強風。道は荒れているが、一応はちゃんと管理されている。10:40深見へ下りる。一時、烈風状態となり、歩行困難なレベル。鹿磯からは雨混じり。海からの烈風で砂が飛んできて痛い。新道道下のバス停に向かう。バス停には立派な待合所ができていた。中に入ると、猛烈な風雨になる。現在11:30、バスは13:25の金沢行きしかない。富来までバスで行ってしばらく歩こうかと思ったが、海岸線を歩けるような天気ではない。家に帰ることにして、まず、湯を沸かしてココア、それからコーヒー。JMTパンの残りを囓る。そうこうしている間に一時間が経過。後、一時間待つのは簡単。結局、バスに乗って金沢へ瞬間移動。一応はよく歩いたし、今回はこれで終了。
今回の器財
Vaude Power Lizard UL このテントをテストしてみたかった。風雨に強く、居住性が良かった。トータルとして良いテントだ。詳しくはサイトを見てほしい。
JanSport Carson 80 久しぶりのフレームパックだが、腰のベルトをフレームと直結したので、腰にぴったりとフィットする。容量の割に荷物が詰め込めないのが欠点なので、思い切って1コンパートメント方式に変更した。
Asolo Sasslong Backpacking Boots 足形で拡張したので、古いソルボ・スーパーライトを入れて歩いた。900gと軽いので、スタスタと軽快に歩けた。ただ、舗装路歩きが続いたので、最後に少し足裏が痛くなった。自宅に帰り、新品のソルボ・ウォーキングに変更した。これでJMTでも行けそうだ。
Vaude Power Lizard UL
Vaude Power Lizard UL のテスト完了。1Kgの超軽量テントだが、風雨に強い。ガイラインを少し工夫すれば、さらに風に強くなるし、設置の柔軟性が増す。また、前後のポールをセットしたまま収納すれば、組み立て時間が短縮できる。
2010年11月28日日曜日
2010年11月21日日曜日
Mt. Amakazari, Lazy Mountaineering
仕事を少しすると、目に見えて体調が悪化する。やはりどこか出かけてリセットする必要がある。妙高のライブカメラを毎日見ていた。雪はたいした事なさそうだ。晴天の続く日を待つ必要がある。チャンスが訪れたので決行。
1日目
バックパックの総重量は水1リッター込みで19Kg。三日分の食料。朝早く起きてJRで中土まで行く。特急に乗ると繋ぎがよい。中土9:11着。バスで雨飾高原着が10:20頃。ゆっくりと歩き始める。遠くの山は白い。11時45分、駐車場の奥、雨飾山登り口11:45昼食。誰一人いない。12:15出発。荒管沢手前に14:00着。テント設営。水平な場所があまりないので、ここがベストの寝場所。沢まで降りて水を汲んでくる。荒管沢は雪が40センチ程度。コーヒーを飲み、SOY JOYではなく、SOY Choiceを食べる。だまされたが、意外に旨い。佐藤稔「残された山靴」を読む。昔、「山と渓谷」で読んだ。無駄のない上手な文章を書く。16:30、薄暗くなり、気温は-3度。飯炊き開始。メニューはニンジンご飯(乾燥ニンジンと少量のチキンスープを入れて炊くだけ)、王将の餃子24個、無添加ウィンナ6本、お豆さんのパック、野菜スープ。食べまくった。頭痛がしていたし、さっさと寝る。夜中から明け方の気温は、テント前室で-5度。寒くない。ダウンジャケットは脱いで下着だけで寝た。
2日目
4時過ぎに目は覚めたが、まだまだ寝たかったので、目をつぶり、やっと6時に起きる。およそ12時間寝た。7:15、行けるところまで行こうかと、歩き始める。当初は縦走の予定だったが、体調が悪いし、雪があるので止めた。9:00笹平着。1940メーター地点。雪は20-30センチ。ところが頂上直下の雪が1メーターほど。太ももまで来る。少し進むが、登るのを止めにした。まだ、朝だし、頑張れば登れるのだが、こんなところが登山家の資質なしの部分。のんびり休憩して記念撮影。気温0度。奥様に電話したら帰宅とのこと。二、三日ぶらぶらするつもりだったが、目的は達成したし(体調がよくなったし)、さっとと下りて帰ることにした。
降り際に山好きそうな高齢者と会う。少し立ち話。お勧めはしなかったが、この人は頑張って登ったと思う。山好きの人は違うから。11:20テントに戻り、昼食。出会った老夫婦も傍で昼食。テントを畳み、12:00下山開始、13:06駐車場、13:45雨飾高原バス停。バスは14:00。運ちゃんが寝ていたのか、少し遅れて出発、のろのろ運転。中土に着いた時、見事に糸魚川行きに乗り損ねた。次の列車まで2時間弱。困って通りがかりの人に聞くと、15分ほど歩けば風呂があるとのこと。国道との合流点に「サンテインおたり」あり、500円。なかなか良い風呂だった。満足して写真を撮しなが帰る。もちろん、自宅でも素晴らしいごちそうにありつけた。
就寝時equipments
ダウンマットレス Exped Downmat 7 Pump
シュラフ Marmot Helium EQ
服装 使い古しの極薄下着。
ウールのアイスブレーカーTシャツ + Northface Tech underwear T-shirt + Northface Tech underwear long sleeve shirt
ブリーフ Exofficio + Northface Tech underwear tights
室内着として、Low Alpineのライトウェイトダウンジャケットを持って行ったが、寝る時には不要だった。ダウンマットレスとシュラフが優秀だった。
少し暖かくするには、マットレスの下に2ミリ程度の銀マットを敷くと良いだろう。最近は敷いたことがないが。
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