2019年8月7日水曜日

Long Slow Distance

ジョー・ヘンダーソン「LSD -人に優しいトレーニング」


日本語訳が無料公開された。読んだのでメモをしておく。LSDは長距離をゆっくりと走ることだが、著者は「単なるトレーニング法」ではなく、「スポーツというものの本質をどうとらえるかという問題なのだ」という。ランニングの世界ではスピード信奉が過大評価されている。「スピード・トレーニングが危険を伴うのに比べて、スタミナ重視のトレーニングは安全だし、心地よい方法」である。

「フルマラソンを1マイル5分4秒ペースで走りきったアンビー・バーフットは、普段の練習ではこれよりも1マイル2分遅いペースで走っていた」し、最高のウルトラランナーだったアーサー・ニュートンも「可能な限り頻繁に練習」し、「疲労困憊するまで走ってはならない」と著書に書いていた。スウェーデンで生み出されたファルトレック(トレイルランニングに該当)もニュートン式のゆっくりで単純な方法への回帰である。「ランニングを短期的で投機的な賭けとしてみるのではなく、長期的な視点でみることによって、ランニングは楽しく精神的な満足をもたらすものになる。」この辺りが著者の主張の中心だろう。次にLSDを実践したランナーたちのエピソード集が続く。

アンビー・バーフット(1968年ボストン・マラソン覇者) 山の中にこもって悪路を走り回っていた。彼が人の前に姿を現すのは大学の講義を受ける時と体育館のシャワーを浴びる時だけ。福岡のマラソンでは2時間14分18秒8の記録も出している。この時の練習ペースは1マイル7分と遅い。週に120~150マイルを走っていた。

ボブ・ディンズ(1969年ボストンマラソン6位) 高校生の時の初マラソンは3時間21分。大学に入り、ゆっくり走の影響を受け、練習は1マイル7分半から8分ほどで一日2時間、週末には3~4時間走った、マラソン記録は2時間25分に達した。一度、レースに出ると、次のレースでは記録が短縮される。

トム・オスラー(1965年25km, 1967年30km、米国国内選手権1位) 長めのインターバルトレーニングで故障した。それ以来の練習は一週間に70~80マイル、1マイル6分半から7分半のペース、これを「基礎トレーニング」と呼ぶ。レースの6週間前には「研ぎ澄まし」と呼び、スピード走を少し入れる。

エド・ウィンロウ(1966年25km, 30km、米国国内選手権1位)  大学でLDSのコーチングを広めた。彼の練習は1マイル7分~8分のペースで、一週間に60~70マイルだけ。それでも9マイル(15km)を1マイル5分(キロ3.1分)で走った。

ジェフ・ルート(20km 1時間11分、30km 1時間50分28秒、マラソン2時間50分36秒) 練習は1マイル7分~8分ペースで週80~112km。体重過多で長い距離は走れなかった。LSDに変えて足の故障がなくなり、減量できた。

ジョー・ヘンダーソン(ご本人、20km 1時間12分12秒、30km 1時間55分00秒、マラソン2時間49分48秒) 記録が低迷し、高望みは止めた。「苦痛のない練習でランニングの楽しさ」を取り戻し、「マラソンを走りきる耐久力を養う」ことを目標とした。「2年半のLSDトレーニングをした後では、2時間04分」と進歩した。

最後はLSDの進め方。先入観を捨てて、まずゆっくりと走ってみること。楽しくやる方がよい。LSDでトレーニングするとスピードが失われるという意見があるが、1、2度レースに出ると、スピードは戻る。LSDは走りながら普通に会話ができるペースが良い。そして継続的にトレーニングすると、ステップアップしていく。

論文というよりエッセイだが、趣旨はだいたい上記の通り。ただ、LSDでは怪我が少ないとか、トレーニング効果が大きいなどは、逸話的証拠に留まっていて、科学的な話ではない。PubMedにLong Slow DistanceとかLow-intensity trainingというキーワードを入れて、Comparative study(比較研究)にチェックマークを入れて、少しだけ調べて見た。

review article
Hydren & Cohen 2015 Current Scientific Evidence for a Polarized Cardiovascular Endurance Training Model.
 伝統的な閾値モデル(高強度・練習量大のトレーニング)は実際のレースでの効果は少なく、オーバー・トレーニングの結果、怪我をしたり、心理的に燃え尽きてしまいがちである。分極化モデルでは、「低強度」(≤13)と高強度(>=17)の二極化のトレーニングを行い、「中強度」(14-16)やレースペース(6-20)でのトレーニングはわずかな時間とする。7つの研究によると、伝統的な閾値モデル(14-16,6-20, ~55%Vo2max)と比較して、分極化トレーニングでは有酸素運動能力が増加し、効果量も大きい。分極化モデルの効果量は0.85~2.80と非常に大きいが、閾値モデルでは-0.42~2.16と効果量が大きい人もいるが、マイナスの人もいる。

review article
Laursen 2010 Training for intense exercise performance: high-intensity or high-volume training? 分極化トレーニングモデルの方がよいというreview

experimental article
Helgerud, et al. 2007 Aerobic high-intensity intervals improve VO2max more than moderate training. Vo2maxを高めるには高強度のインターバル・トレーニングがよい。
Gibala & Jones 2012 Physiological and performance adaptations to high-intensity interval training   週に一度強いトレーニングをすると、Vo2maxなどが向上する。

科学的検討の結果は「分極化トレーニング」が良さそうである。日本のランナーの人は知っているのだろうか。ちょっと心配だな。




2019年8月1日木曜日

旧石器時代ダイエット

Marion Nestle 2000 Paleolithic diets: a sceptical review. Nutrition Bulletin, 25, 43-47. からのメモ。この論文はだいぶ前に読んで放置していたので、再読。

旧石器時代ダイエット

旧石器時代ダイエットは摂取カロリー比でタンパク質37%、炭水化物41%、脂質22%であるはずと主張されている。これは現在の推奨されるダイエットとははっきりと異なっている。

エビデンス


ゴリラ、オランウータン、チンパンジーなどの類人猿の食生活は重さで15%までが動物性食物で、大部分は植物性の食物。類人猿は、昆虫、卵、甲殻類を食べる。

初期の人類は果物や木の葉を食べていたはずで、アイソトープの比13C/12Cや18O/16Oで調べることができる。ホモ・サピエンスは13Cからサバンナの果物、葉、もしくは、葉を食べていた動物を食べていたことが分かる。ネアンデルタールは肉も食べていた。ただ、別の仮説では地下のイモを食べていたといい、これは25,000年前まで続いた。

旧石器時代の遺跡では動物の骨が見つかるが、植物よりもよく保存されるために、動物性食物の過大評価が起こってしまう。旧石器時代の平均余命はは25年と推定されているので、旧石器時代のダイエットは理想からはほど遠い。

現在の狩猟採集民族の調査では平均余命は25~30年で、幼児期の死亡率が40~50%に上る。カラハリ砂漠の民族の調査では150種の植物、100種の動物を食べているが、重量比で80%は植物性の食物であった。エビデンスの多くは狩猟採集民族でも植物が豊富な地域に住んでいれば、植物性の食物が主体であることを示している。

北極圏のイヌイットが例外で、陸上の哺乳類と魚が主な食料で80~100%は動物性食物とされる。ビタミンCは植物か生肉にしか含まれていないので、生肉を食べていると推測された。ただ、生育期間は短いが、1000種を越える植物があり、550種は食料としている。冬期は保存した植物を食べているようだ。平均余命などのデータはない。

結論

旧石器時代のダイエットはエビデンスに基づくと大部分は植物性の食物に依存している。慢性的な疾患を避けるには、果物、野菜、穀物の摂取量を増やし、動物性食物を減らした方がよい。そして、我が祖先、狩猟民族のように、活発に身体を動かすことである。