2023年9月19日火曜日

欅平から親不知へ from Keyaki-daira to Oyashirazu

清水尾根と栂海新道は長くて道が険しいので、お勧めしませんよ。


清水(しょうず)尾根

  • 下り三回、登り二回体験した。登りはきついので、避難小屋で一泊すべき。天候が悪いのに頑張って白馬岳頂上を目指し、集団遭難した事例がある。
  • 登り口から不帰岳避難小屋まで、昭文社の地図にはコースタイムは登り5時間、下り4時間とあるが、2時間か3時間加えておく。
  • 道は登り口から避難小屋までガレて、ひどく悪い。アップダウンも多い。避難小屋から上は良くなる。
  • 水は百貫山近くにあるが、登山道が狭くてテントは張れない。テントが張れる場所は、祖母谷温泉、登山道入り口、避難小屋付近、清水岳頂上近くか頂上に限られる。頂上近くには池があり、植生のない場所がある。頂上には植生がなく、池塘の水がある。

栂海(とがみ)新道

  • 下り二回体験した。長くて厳しい。痩せ尾根、ロープ、階段が多く、低くなると灼熱地獄となる。
  • サワガ二山から犬ケ岳までは痩せ尾根。随所にロープが続く。注意しないと滑落する。犬ケ岳から白鳥山までは歩きやすい。坂田峠手前数キロは急こう配の下りで、ロープと梯子の連続。坂田峠から親不知までは登ったり、下りたりと最後の体力を奪われる。また、灼熱地獄となり、熱中症になる人もいる。
  • きれいな水のでる水場は限られる。北保ノ水場は近いが、ここで一日分の水は汲まない方がよい。犬ケ岳とサワガ二山の間は痩せ尾根で多くの水を担ぐのは危険。栂海山荘に泊まる場合は、雨水の利用システムがあるので、それを利用すること。そのほかに雨水をためたものもあり、浄水器で濾せば利用可能。白鳥山以降はシキ割の水場や水たまりの水を使うこと。
  • テント泊可能な場所は黒岩山山頂近くの登山道、文子の池近く、栂海山荘、白鳥小屋程度。
  • 親不知に向かうとして、水の必要量は黒岩山から犬ケ岳まで1L。不足の場合は北保ノ水場で補う。栂海山荘から白鳥山までは1L程度、ただし、白鳥山から下りていくと灼熱地獄が始まるので、親不知まで2-3L必要。水はシキ割あたりで補うこと。
  • 白鳥山以降は夏ならばショートパンツとTシャツが望ましい。長袖、長パンという模範的な山用の服装は、熱中症を引き超すだけである。私はショーツに綿のTシャツの組み合わせだったが、それでも汗でびしょ濡れになった。

記録

3年前、半月板損傷の後、欅平から白馬に行き、膝が痛くて歩けなくなった。天気は安定しているし、時差ぼけも治ったので、なんとなく歩いてみようと思った。白馬大雪渓は雪解けのため通行止め、朝日小屋はなぜか営業終了。人が少なくて良いと思った。

最近でも栂海新道から親不知にいくコースは人気があるようだ。筆者は2006年に白馬大雪渓から歩いている。コースは脚の調子しだいで変更することにした。すでに蓮華温泉のバスは土日程度しか走らない。降りる場所は栂池高原から白馬大池駅か、黒岩山から下りて小滝駅か(路線バスはなく、鉄道しかない)、栂海新道から親不知へ降りてタクシーで親不知駅か、この3つしかない。初日から清水尾根には取り付けないので、登り口でキャンプとして、5泊6日分の食料(6.3kg)を持つことにした。total packweightは24kg (水を除く)となった。


9/10 (日)

昼頃に欅平に着けばよいので、ゆっくりと出発、宇奈月でトロッコ電車に乗り継ぐ。電車は観光案内のアナウンスがうるさくて耳が悪くなる。boseの消音イヤホンを使う。耳栓必須だろう。


欅平11:00過ぎ、大勢の観光客が下りた。食堂はあったが、うどんが1100円。宇奈月駅で美味しそうな弁当をたくさん売っていた。買わなかったのは失敗。バナナブレッドを日陰で食べてから出発した。

祖母谷(ばばたに)温泉(キャンプ場あり)近くで水を6Lもって歩いた。30kgなので、ちょっとつらいが、一時間ほどで登山口に着いた。すると工事関係者の宣伝を兼ねた休憩所ができていた。登山者は自由に使ってよいとあったので、テントを張った。どうせ他に登山者はいない。



夕食は凍らせて持ってきたステーキ(タオルで包んだ)、家のお惣菜、納豆ご飯とした。のんびりしていると変な声が聞こえる。サルの警戒音だったらしい。こちらがなにもしないと、どんどんと姿を現してきた。4~5匹ずつ、葉を食べながら下山していく。子ザルもいた。どうも寝場所は低い所にあるようだ。こちらが何もしない人間なので、サルも警戒心を解いて、のんびりと食べながら帰っていった。みんなマルマルと太っていた。一匹だけポートレートを写させていただいた。



食事の後、道の先のゲートを見ると鍵がかかっていない。奥に行くと川に降りられた。水を担ぎ上げる必要はなかったようだ。顔を洗っただけだった。

9/11(月)

4時過ぎに起きて、いつもの朝食。6時出発。ガレから右手に急こう配で登る。勾配自体はたいしたことないが、登りが長い。道も悪い。



11時過ぎ、百貫山の近くの登り。水はあるけど、平な場所がなく、テントが張れない。最低限、避難小屋まで行く必要がある。



白馬方面が見えるようになった。一人、ヘルメットを被った下山者と会う。彼は雨が降る、白馬にはテント一つもない、天狗山荘から来たという。たいして天気は悪くない。人がいないので、怖かったのかもしれない。ものすごい勢いで駆け下りていった。


避難小屋手前2kmほどに4m程度の垂直に近い崖がある。バックパックが重くて、登りきる自信がなかった。そこで右に回り込んで木の枝を掴みながら這い上がった。





2:50不帰岳避難小屋。この時点でふらふら。先に進むのは止めた。水を汲みに行き、その場で1Lほど飲んだ。夕方、雨の予報。夕食は、お惣菜とソーセージ、納豆ご飯。夜は少し雨が降っただけ。他のメニューの写真は省略。清水岳まで行けなかったので、困った。明日は白馬岳頂上小屋でキャンプ。すると、親不知は無理で、小滝方面への下山になる。脚がダメなら栂池高原からか。



9/12(火)

朝焼けはあったが、雲はあまりない。この険しい道を引き返すよりは進んだ方が楽。いつもの朝食の後、6:00頃出発。しばらくすると、傾斜が緩やかになり、池塘が現れる。花はお仕舞だが、雰囲気は良い。清水岳も遠くに見えてくる。





9:40 清水岳到着。頂上は平で植生がない。池塘もあるので、いざとなればテント泊が可能である。ただ、欅平と清水岳の標高差は2,000m、初日に重いバックパックでここまで来るのは難しい。10:00 池塘の傍でランチとした。



清水岳からは意外に快調に歩いていた。11:00、千恵子からinReachメールを受け取った。それによると、白馬の村営キャンプ料金は2000+1000(テント1張り)、予約してないと+2000円と、恐怖の価格になっていた。三年前は予約なしで1000円で利用できたと思う。水とトイレだけに5000円も払えない。そこで、白馬岳を通り越して、雪倉岳避難小屋をめざすことにした。




2:10 白馬岳山頂。三年前は半月板損傷から三ヵ月ほどで、痛みがでて、村営頂上小屋は夕方の5時か6時だった。頂上近くで三人ばかり人とあった。女性の一人はキャンプ装備で、村営頂上小屋に予約を入れてあるという。値段が高いことをいうと、それでも山小屋泊まりするよりも、毎日、一万円、安くつくという。またまたびっくりした。いつの間にか、お金のかかる山になっていた。彼女は電話で、唐松山荘にテント泊の予約を入れようとしたが、天候次第では歩けないので、結局、予約はしなかった。当日、朝の10時までに予約を入れればよいそうだ。

なぜ、テント泊に予約が必要なのか、彼女も私も理解できなかった。バックパックが重くなるので、どこまで歩けるかは、その日にならないと分からない。彼女もテント泊の人間のことを分かっていないと、憤っていた。山小屋も地面をお客が来るたびに整地しなおすわけでもなく、水とトイレを使わせるだけだろう。今は白馬大雪渓は通行止めで、歩く人はほとんどいない。キャンプサイトはがら空きである。お金目当ての山小屋関係者ばかりの山になってしまった。

のんびりして遅くなった。三国境までは、それなりの急こう配。ガスが出て、地形が見にくい。歩く人は誰もいない。朝日小屋が営業終了しているためである。植生のないガレ場が続き、池塘があった。午後3時過ぎで、この辺りでテントを張り、ビバークすべきだったが、避難小屋まで行きたくて、判断ミスを行った。想定より歩く速度が遅い。5時で鉢ケ岳の裾野にいた。今年の雪解けは早く、避難小屋に水がない可能性があるので、川の上流に降りて、6L担ぎ上げた。歩きはじめると激しい夕立になった。結局、午後6時、疲れ果てて雪倉岳避難小屋に着いた。もちろん、他に人はいない。避難小屋には非常用に水のボトルがたくさん備蓄されていた。小屋の横の谷を降りても水がありそうである。日本の山は夕立が激しいので、やはり3時程度には寝場所を探しておくべきだった。





幸い、アルファ米と自作ヒートパックをベースに食事を組み立てているので、素早く夕食ができた。濡れた服を干して、食事を済ますと落ち着いた。

小屋のノートを見てみると、三日前に宿泊者がいた。彼は栂海山荘からここまで16時間かかったという。避難小屋があって助かったと書いていた。早朝に栂海山荘を出発したとしてもも、朝日岳あたりで暗くなり、危ないガレ場をここまで必死に歩いたらしい。安全のためには、どこかでビバークすべきだろう。

9/13(水)


4時過ぎに起きて、いつもの朝食、6時出発。朝で空気は澄んでいる。振り返ると、昨日見えなかった白馬岳や鉢ケ岳がくっきりと見える。雪倉岳を少し登ると、ライチョウがいる。ほとんど逃げない。






7:08 雪倉岳山頂、富山平野が見えるので、携帯電話が使える。朝日岳や朝日小屋が見える。以前は雪倉岳避難小屋から黒岩山まで歩いて頂上でキャンプした。そこで、今日は黒岩山を目指すことにした。




ところが、雪倉岳北部のガレ場が長くて急こう配で、なかなか手ごわい。一時間ほどかかってしまった。赤男山からは道はなだらかになる。朝日岳への分岐が11時、体があまり動かなくて、頂上は12:40になってしまった。ガスも出てきた。天気は下り坂のようだ。



黒岩山まではとても行けそうにない。13:30 吹上のコル。水を取りに行けばテントは張れそうだったが、もう少し先に進むことにした。長栂山のどこかと狙いを定めた。午後2:00 小さな湖、立ち入り禁止とキャンプ禁止の看板がある。水を確保する必要があるので、少し立ち入って6L確保。しかし、寝る場所がない。2時半、登山道が広がっている場所があったので、そこにテント設営。早々と歩くのを諦めた。明日は黒岩山から小滝へ下りることにした。

3時ごろから猛烈な夕立。一時間ほど続いた。早めにテントを張って今回は成功。万が一、誰か歩く人がいてもテントを避けるスペースはあった。ただ、白馬岳で人と会ってから、親不知に降りるまで、二日半、誰とも会わなかった。

5時前からゆっくりと食事。食事の写真でも。





9/14(木)

4時ごろ起きて、いつもの朝食、6時出発。長栂山はほとんど木がなく、富山平野がよく見えた。完全に忘れていた。寝場所はほかにもあったが、寝た場所はダメージに強い場所で、悪い選択ではなかった。降りていくとあやめ平、黒岩平と続く。その中間地点の登山道で、ごみとテントのペグを発見。テントを張るスペースはあるが、粘土質の湿地帯で、あまり良い場所ではない。ごみやペグを忘れるとは、暗いうちに出発したにしても、相当に疲労していたと思う。栂海山荘か、さらに遠い場所から登ってきたのだろう。小さい足跡もあった。言っては悪いが、ワイルド・キャンプの素人である。証拠隠滅してから立ち去るの(Leave No Trace)がルールである








遠いが、犬ケ岳と栂海山荘が見える。黒岩山から小滝に降りるよりもコースタイムは短い。食料はもう一日分ある。親不知に向かっても問題ないと思った。

10:15 黒岩山、inReachで親不知に向かうと千恵子に連絡。さらに、この後、携帯が通じる場所でも連絡しておいた。千恵子からはさわがに山岳会の水場情報などがinReachメールで続々と入ってきた。




サワガ二山からは痩せ尾根になる。ロープも増えて急こう配を降りることが多くなった。




新しくカットした道は道とは言えない状態だった。尾根の道が落ちたので、木を切って通れるようにしただけ。足元はあちこち崩れていて、木の枝を掴んで移動するほかない。



北保の水場分岐1:40、水を6L確保したが、これは間違いだった。2時すぎ出発。この先も危ない痩せ尾根が続いた。一時間以上、必死になって歩き、栂海山荘、3:30到着。




山荘の裏には雨水をためて生活水にするシステムがある。また、正面には雨水をためる桶あり。浄水器があれば、この水でも飲用可。再び、無駄な水運びをやってしまい、後悔した。




小屋が臭かったので、テントを張った。食事の後、激しい夕立で、平な地面に水たまりができる状態だった。携帯電話はギリギリ使えた。千恵子からも連絡があり、夜中過ぎにも大雨の予報だった。もう一度、激しい雨に降られるのはごめんだし、夜遅く小屋に引っ越した。

9/15(金)

夜、疲れたのか、高度が下がって気圧が高くなったのか、あまり眠れなかった。朝、3時から4時は激しい土砂ぶりだった。雨雲の予想を見ると、6時くらいには遠ざかる。小屋には食料の備蓄はなく、あるのはガスやガソリンばかりだった。つまり大雨が一日降り続いても籠城は不可能。

6時出発。雨具は上下着たが、小雨なのでパンツを脱ぎ、しばらくすると上着も脱いだ。綿のTシャツはぐしょぬれだが、寒くはない。樹林帯の道で、険しい場所はない。







11時白鳥小屋でランチとした。パンとコーヒーを飲むだけ。幸い、白鳥小屋に水のストックがあったので1Lだけ頂いた。少し涼しいので、これで十分と思ったが、大きな間違いだった。2L持つか。シキ割の水場で1Lを補充しないといけない。

坂田峠手前2kmくらいから急激に下る。ロープと梯子が連続する難所である。ただし、きちんとした梯子ばかりなので、危険はない。坂田峠2時半。親不知まで簡単に行けると考えたが、そう簡単ではなかった。道はよいが登りと下りの連続になり、簡単には親不知に抜けられない。帰りのタクシーの運ちゃんの話では熊が出るし、坂田峠に引き返して電話をする人も多いらしい。

尻高山前後で手持ちの水が切れてしまった。一応、乾きには強いし、明るいうちには親不知に行けると考えて先を急いだ。なかなか道は遠く、6時ごろ、下山になると推定。タクシー会社に連絡するが話し中が続き、千恵子に連絡してタクシーの配車を頼んだ。暗くなる直前6時に親不知観光ホテルに出た。




タクシーは5分後に到着。泊まで走ってもらった。すぐに「あいの風富山鉄道」に接続、自宅は8時到着。この移動速度にはびっくりした。親不知駅は「えちごトキめき鉄道」の管轄で、富山方面に行くのは接続の関係で時間がかかるためである。泊までタクシーを飛ばさなかったら1-2時間は帰るのが遅くなったと思う。


すべての写真はここ。









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